恋に酔った人間ほど迷惑な存在はない

2011.06.30

恋を成功させることはむずかしい。恋はふざけてできることではない。よく相手を幸せにしたいなどと言うけれど、そこに自己過信というものがないだろうか、働く意欲の薄い、賭事の好きな、お酒にとめどもなくのめりこんでゆく男、それを結婚することで矯正してあげたい、というような意識はあまり持たないほうがいいのではないか。実際に、私の知り合いの中には、大勢のひとから見離されたひとを、私が救ってあげるといって結婚し、彼女は誠心誠意尽くしたが、病んで、倒れてしまったひとがいる。その彼女に対して、彼は勝手に押しかけてきたのだなどと言っている。あるいは逆に、男のひとで彼女を救いたいという意識で彼女の放埓な性格を直そうとし、彼女が逃げていった例もある。『うたかたの恋』という映画があった。ハプスブルグ家の隆盛であった頃、オーストリアの皇太子とずっと年下の娘が恋をして、ウィーンの森に近い館で共に死んだ。王子には父に理解されない悩み、いろいろな政治的な立場の困難さがあった。彼はそれに苦しんで死ぬために、なぜ無垢な十代の少女を一緒に伴う必要があったのだろうか。その死はやはり当時非難されたそうだ、娘が可哀相だと言って。映画でそれを見たときは私の娘時代で、私は泣いた。不幸な王子を慰めるために自分の命を捧げて悔いない少女に共感したのである。そして今、自分が結婚し、人生のいろいろな事柄にてあってみると、やっぱり『うたかたの恋』は、皇太子が自分一人で難局を乗り切るだけの勇気を持てないことは不満だし、彼女は命を与えるのではなく、生きて彼をもっと励ますべきだったと考える。夏目漱石に有名な『こゝろ』という小説がある。これは一人の女を二人の青年が愛する話だ。自分の方に勝ち目がない、自分の方が条件が悪いと思った男が、その娘の家で自殺する。その血しぶきがその家の襖に飛び散る。映画でこの『こゝろ』を見たとき、私はなんて嫌な男かと思った。娘が自分に好意を寄せていない、自分の友達に寄せていると思ったら、潔く身を引くべきだと思う。ましてその家で自殺するとは何ごとか。復讐的な死に方、相手を苦しめてその苦しみを喜ぶ。本当に恋するならば、本当に愛するならば、その女を彼が死ぬことによって多く傷付けることなどは避けるはずだ。黙ってひっそりと去ればいいのだ。私はこの青年に一つも同情できず、娘がこんな青年の恋を退けたのは当然だと思った。

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